ナルシス2世のブログ

エッセイ仕立てに構成。
第一章では高校生時代の入院記を
第二章では高校を卒業してからの職歴と、その中で出会った素晴らしい先輩方とのご縁や学び、エッセイを書く事になった経緯を記録した内容。

其の5 念願のショットバー エピソード⑥【タバコ】

バーテンダー時代はお金の使い方、人との接し方、物の見方・考え方、生活習慣等、一番変化のあった時期でもある。大嫌いだったタバコも吸うようになった。孔明店長の何気ない一言がきっかけだった。

 

『タバコを吸った事のないお前には無理やけどな』

 

悔しくてたまらなかった。その一言に至るまでの会話もあるが、そこまでの思いになったのには、俺なりの理由がある。

お酒が弱い俺にとっては、バーテンダーとしてのスキルアップに障害は多い。しかし、縁あってこのお店を紹介してもらい、憧れを持って飛び込んだバーテンダーの世界である。俺は、毎日必死だった。

お店にある数多くあるウィスキーの味の違いを知る為、早めに出勤する許可をもらい、毎日2~3種類を味見してテイスティングノートに記録する。帰宅後は本で知識を頭にぶち込む。カクテルのレシピは書店でカクテルブックを立読みして覚え、書店の外でメモをとる。お金がなかったので、その繰り返しでカクテルを勉強していった。少しお金が貯まれば、カクテルブックやバーテンダー関連書物を購入してボロボロになるまで読みまくった。今ならインターネットも普及し、スマートフォンで調べる事もできるが、当時はそれくらいしなければ学べなかった。ここまで行動を起こしたのも、孔明店長の影響がある。

知らないカクテルのレシピを聞いた時に、時給をもらいながら人に教えてもらおうと思うなと言われたのだ。【見て盗め】スタイルの指導である。実際に調べればわかる事は教えてくれないが、調べようのない事、仕事をする上での考え方の基本は惜しみなく伝授してくれた。

営業中は孔明店長や先輩の動きを観察し、カクテルの作り方や接客を盗み、自分の反省と共に【怒られ帳】に記録していく。この【怒られ帳】も孔明店長に言われてやり始めたモノである。同じミスを繰り返す事が多々あり、孔明店長に呆れられながら提案されたのだ。これは効果があるので、俺のように覚えの悪い人には是非試して頂きたい方法である。

そんなある日、孔明店長はカクテルのレシピについて話してくれた。カクテルブックに掲載されているレシピはベースとして知っておくべきであるが、それが全てではないと言う事から始まった。お酒が強い人・弱い人色々なお客さんがいる。更にサッパリ辛口~甘口まで味の好みも様々。同じカクテルでも、そのお客さんの好みに合わせた味になるように配合を変える事が出来れば、プロのバーテンダーに一歩近づく。バーに来る前に何を食べてきたか、一緒に来ている人が仕事仲間か上司、友人・恋人・嫁さん・旦那さん・愛人・ホステス・口説いてる相手かの人間関係を見極め、空気を読んだ調整を行う事もある。

喫煙者かそうでないのかでも、微妙な調整が必要だと教えてくれた。タバコを吸っている人の味覚は鈍くなるので、言われてみれば納得のいく話である。そして最後に・・・

 

『タバコを吸った事のないお前には無理やけどな』

 

悔しかった俺は、孔明店長には内緒でその日から喫煙者となった。孔明店長の一言で喫煙者になったのではなく、きっかけで自ら選択した道だ。

賛否両論はあろうが、この一言を聞いた時の俺の感情や行動を理解頂ける方もいると思う。孔明店長は実際、元喫煙者なのだ。