ナルシス2世のブログ

エッセイ仕立てに構成。
第一章では高校生時代の入院記を
第二章では高校を卒業してからの職歴と、その中で出会った素晴らしい先輩方とのご縁や学び、エッセイを書く事になった経緯を記録した内容。

其の5 念願のショットバー エピソード②【お客さんと客】

月日は経ち、先輩達が辞めていったおかげで、俺はNo2になっていた。20代前半で調子に乗っている時期でもある。お客さんに対して感謝の気持ちを忘れながら勤務していたある日、俺は孔明店長との会話の中で最低な言葉を口にする。それが孔明店長を呆れさせ、そして恐らく失望させてしまったのだと思う。

その言葉は【客】だった。またしても、俺は気付く事ができなかった。その言葉を発した時だった・・・

 

『この店に客はおらん。』

 

その一言を最後に、生ビールエピソード時と同様に業務的な伝達以外はしてくれなかった。

意味不明・・・お店は満席なのに何故?客はおらんって?思考回路はあの時と同じく停止した。嫌われているのかとも思ったが、それは考えにくかった。No2として、孔明店長の右腕的ポジションに立ち、一緒に色々な修羅場もくぐってきた俺が、孔明店長に嫌われている訳がない。しかし、前No2の先輩が退職前に放った一言が脳裏をよぎる・・・

 

『今日で最後やから言うけど・・・』

『俺、お前のコト嫌いやってん』

 

その先輩が最後の勤務後、初めてラーメンに誘ってくれた日の出来事である。それは最初で最後のお誘いとなった。嫌味・皮肉等で言葉のイジメを受ける事もあったが、教わった事も多く、バーテンダーとしても、年上の先輩としても尊敬していた。だからラーメンに誘われ、俺はとても喜んでいた。そんな先輩から放たれた最後の言葉が【嫌いやってん】である。最悪のケースを想定し、半泣きで孔明店長に喰らいつく。

 

『教えて下さい。僕、何かしましたか?』

『全くわからないです。お願いします』

 

孔明店長は前回と同じく、淡々と話してくれた。

 

『客って誰や?・・・お客様ちゃうか?』

『お客様までは言わんでも、お客さんやろ』

『初対面の人を呼び捨てするか?同じ事やぞ』

『それにな・・・・』

『お客さんは数あるお店からこの店を選んでくれて』

『貴重なお金と時間を使ってくれてるんやぞ』

『そんなお客さんに対して失礼ちゃうか?』

『お前はそんなに偉いんか?』

 

そして続けて

 

『言霊って知ってるか?』

『言葉には力があってな・・・』

『言葉は思いになり、思いは行動になる』

『最近の自分の行動を振り返ってみろ』

 

言葉が出てこなかった。図星である。俺は【お客さん】を【客】と呼ぶ事によって、お客さんを見下していた。仕事に慣れてきた俺は、接客してやってる、旨いカクテルを作ってやってると、心の何処かで思っていたのだ。そして、思い上がっていた。ただ情けなく、最低だと自分自身を恥じた。

前回と今回のケースで孔明店長が目を合わせてくれなかったり、営業時間中に業務的な伝達会話以外はしてくれなかった事にも意味がある。思い上がって【感謝の気持ち】【おもてなしの心】を忘れた人間には、常にお客さんの事を考えながら仕事をしている人間と、同じフィールドに立つ資格すらないのだ。

孔明店長は【お客さん】を【客】と言わないのと同じく、自分達【バーテンダー】の事を【バーテン】と言わない。これがプロのスタンスだと俺は解釈している。だからと言って【客】と言う人が間違っているとも思わない。それぞれ価値観が違い、結果(集客・売上)を出しているのであれば何の問題もないのだ。それでも、俺自身は孔明店長の考え方を崇拝し、実践している。