ナルシス2世のブログ

エッセイ仕立てに構成。
第一章では高校生時代の入院記を
第二章では高校を卒業してからの職歴と、その中で出会った素晴らしい先輩方とのご縁や学び、エッセイを書く事になった経緯を記録した内容。

バカの極み政准

1114日(水)手術後第8日目

昨日は大便がでなかったが、朝になってすさまじい便意を感じ、朝の快便を味わった。まだ痛みのともなう排便ではあるが、地獄の痛みを経験してきた俺にとって、我慢できる範囲の痛みだ。排便時に完治していない肛門を刺激するので、多少の痛みは仕方ない。神経質な俺は当然のごとく、トイレから出ると浴室へ行って、シャワーで綺麗に洗い流した。

昨日からのまま、最高の気分で病院へ戻った。昼食をとった後、毎日受けていた点滴もない。AさんもZさんもいないので退屈であった。その日の夕方、見舞いにやってきた1人の学ランを着た少年が退屈を一気に吹っ飛ばす。病室に入って来た少年は、悲痛な笑顔で

 

『ごめん、さ骨折った。』

 

その少年の正体とは弟マサノリ。どうやら体育の授業中に、ラグビーをしていいて『さ骨』を折ったようだ。

小柄でガリガリマンのマサノリは、ボールを持った相手に勇敢にもタックルを挑み、うまくかわされ、そのまま倒れ込んだようだ。結果的には、全力で地面にタックルをした事になる。かわされたと言えば、何も可笑しくはない。話しをよく聞いていると、相手はタックルを無視して直進しただけ。実に間抜けでカッコ悪い話だ。ガリガリマンが全力で肩から地面にタックルをかましたので、硬い地面に勝てる訳がない。その結果、さ骨を折ってしまったのだ。聞いた瞬間に想像して爆笑するしかない。

これだけを聞けば笑う事でもないが、マサノリの過去をさかのぼってみると哀れみを通り過ぎて笑ってしまうしかない。彼はどうも昔から高い所に上ると、笑顔で飛び降りたくなる習性がある。高校1年生の時に何を思ったか、校舎の三階と二階の間の窓から飛び降りた事があった。骨折はしなかったものの、骨の薄皮がめくれるという痛い目にあっているのだ。川へキャンプに行った時も、吊り橋や岩肌から一番最初にシャウトしながら笑顔で飛び込んでいた。

更に馬鹿は治らないもので、大学へ進んでからもスキー部でジャンプ競技をしていた。ケガをしても飛ぶのが楽しいと、1年間はやり続けていた。人間関係と金が続かなかったので辞めたみたいだが。他にも話せばキリがないほど、色々な所から飛び降りている。彼の行動には意味不明な点が多すぎる。

 

それらを全てふまえたうえで、話しを聞いてみると実に笑える。ガリガリマンにも関わらず、タックルという行為に出た勇気と行動力は賞讃に値するが、ボールを持った相手にではなく、無視されるくらい相手の走行軌道からそれたタックルという行為は正に意味不明である。

しかも 「ごめん、さ骨折った。」 と言ったが、俺に謝った意味は未だ理解できない。双子とはいえ俺に痛みはなく、何の影響もないのだ。俺が入院してから初めての見舞いが、さ骨を折ったという報告付きである。同じ日に産まれてきたとは思えない程、何を考えているのか分からない男である。

日記に書いてあったから記録として残ってあるが、あの当時の事をマサノリ自身は正確に覚えていない。以上で馬鹿の極みである弟の紹介を終わる。この日はその馬鹿のお陰で退屈しないですんだので、感謝しなくてはならない。