ナルシス2世のブログ

エッセイ仕立てに構成。
第一章では高校生時代の入院記を
第二章では高校を卒業してからの職歴と、その中で出会った素晴らしい先輩方とのご縁や学び、エッセイを書く事になった経緯を記録した内容。

戦う日本男児

1110日(土)手術後第4日目

俺は、ある事について1人で焦っていた。大便がいまだに出ていない。手術後4日目に突入しているにも関わらず、便意すら感じずにいた。さすがに焦る。

俺が痔になった原因が便秘症から生まれし『イボイボうんこ野郎』の排出によるモノだからだ。今の傷付いた俺の肛門から、奴が再びヤツが出てくる事を想像するだけで底知れぬ恐怖が襲いかかる。何度もトイレへ足を運んだが、全く排便のきざしがない。

かがんだだけで痛みが走り、風通しの良いトイレの冷えが更に焦りを加速させる。トイレへ行くたび、看護婦さんに新しいガーゼをもらいにいった。俺は実に神経質なので、トイレでかがんだだけでバイ菌が付いた感覚になる。だからガーゼを換えないと気が済まなかったのだ。

そして俺が恐怖と焦りを感じている頃、Aさんは回復の兆しを見せつつあった。それと同時に俺とAさんの戦いは始まっていたのだ。

 入院当初は栄養失調で点滴に繋がれ、ほぼ眠っていたAさんは一人で動けるようになっていた。ここでAさんの人物像を軽く紹介しておかなければならない。

Aさんは無口な男で、世話役のZさんやルームメイトである俺とも話をしない。見た目は優しそうな顔をしており、体格はプチマッチョ。素性は不明だが、脱走癖があった。ベッドで横になりながらキョロキョロと自分の周りを見て、そしてゆっくりと立ち上がり、病室を出ようとするのだ。そこでZさんが止めに入る。だが彼は体格良い男性である。1人で手におえない時は看護婦さんに手伝ってもらい、Aさんを止める。

昼間にそんな光景を何度も目にし、ビクビクしていた。情けない事に、お尻の痛みがあるのでスローな動作しかできない。点滴を受けている時なんぞは、全く動けないのだ。点滴中にAさんと目が合った時、俺の心臓の鼓動はマッハとなる。今思えばつくづく、肝の座らない情けない日本男児である。最も俺を怖がらせたのは夜中だ。Zさんも当然夜は眠りにつく。

夜になると何故かお尻の痛みが足音を立ててやって来る為、中々眠りにつけない。更に大便が出ていないのが気になっている事と、必要以上に動かないので、体の疲れがなく眠気を感じられないのだ。

『痛み』『便秘』『眠気が無い事』に加えAさんに対する勝手な『恐怖』で気が狂いそうになっていた深夜・・・彼は動き出す。Zさんは完全に眠りに入っている。俺は動けない。ビビリが最高潮に達し、Zさんに必死で呼びかける。

『お、おばちゃん、Aさんが!』

Zさんはすぐに起きて、Aさんの前に立ち塞がった。深夜のAさんは意外と素直だった。Zさんに怒られると、実におとなしくベッドに戻ったのだった。

だがZさんは油断しない。今度は俺に起こされないでも自分で気付くように、病室のドア前に布団を移して眠り始めた。安心した俺は、Zさんに感謝しながら深い眠りにつく事ができた。

・・・・・・・・・この日も大便は出なかった。