ナルシス2世のブログ

エッセイ仕立てに構成。
第一章では高校生時代の入院記を
第二章では高校を卒業してからの職歴と、その中で出会った素晴らしい先輩方とのご縁や学び、エッセイを書く事になった経緯を記録した内容。

悲惨な手術当日(11/6)

もう俺の腸には何も残っていないだろうと思った。しかし、さすがは病院。念には念を入れると言うのは、この事を言うのであろう。下剤の次は、浣腸の嵐が待ち構えていた。しかも浣腸は市販されているイチジク浣腸ではなく、お笑いコントに出てきそうな極太の注射器型浣腸である。その浣腸を3回もされてもう、我慢の限界、忍耐の境地に立たされた。

お忘れでないように当時の俺は華の18歳。ランナー兼ヒーローとしてのプライドの粉砕から始まり、痔と宣告されたショック、入院前の簡易手術での不様なポーズと海亀産卵会話による屈辱、緊張の『ざやく』挿入にての自衛隊面接。通院中の事故による愛車喪失。

更には前日から徹夜のトイレ通いに、翌朝には日本男児の俺がお笑いネタ的な極太浣腸を3回も注され、精神も肉体もズタズタにされた状態。

追い打ちとして、有難いトドメの一撃も用意されていた。何の予告も説明もないまま、手術直前に俺好みの美人看護婦さんにお尻の毛を剃られたのだ!恥かしさも限界を超え、俺の思考回路は完全停止する。そして放心状態で手術室へと運ばれていった。その後、悲劇は繰り返される。

 

1330分、いよいよ手術開始。まず下半身麻酔をしてもらう。下半身麻酔は脊髄に極太注射を打つという極めて残酷にして、痛々しい麻酔法である。事前情報でかなり痛いという事と、失敗すると下半身不随になると聞いていたが、そんな恐怖よりも初めて体験する事に対しての好奇心の方が強かった。実際そんなに痛みは感じなかったが、感触の良いものでない。

背骨に極太注射針を突き刺し、ゴリゴリと音をたてながら奥の方へとえぐり進ませていく。その感触は実に気持ち悪いが、これぐらい日本男児の俺にとっては楽勝!屁でもない。

悲劇はその後である。手術をうける格好にさせられた時、日本男児のプライドはズタズタに引き裂かれ、そして砕け散った。

最初に両足を持ち上げられ、股を開いて固定された。何故か広げられた両腕も固定される。術野を確保する為に『キンタマ』をマエカケの様な紙で持ち上げ、『チンチン』にくくりつけて固定される。看護婦さんの手際も良く、アッと言う間の出来事だった。例え様のない恥ずかしさであるが、両手足とキンタマを固定されているので、身動きとれずに上を向いているしかない。

下半身麻酔の為、残念ながら今回も意識は鮮明である。海亀産卵会話以来の【生き地獄再来】を覚悟した。俺はその状態のまま麻酔が効くまで放置され、看護婦や医者は準備をする為か姿を消す。俺のデリケートな心は傷つけられた。恥ずかしかった。停止していた思考回路は完全に目を覚ましている。

 

『よく考えろ!』

『女の人は出産時、今の俺と同じ体勢になるのだ!』

『それくらい我慢しろ!お前は男だ!日本男児だ!』

 

そう言い聞かせ、恥ずかしさを紛らわせていたのだが、誰もいなくなっているはずの手術室で気配を感じる。首を動かし辺りを見渡してみた。見付けたのは、オドオドしている白衣を着た若い女性1名。

俺は想像した・・・彼女は初めての手術立ち会いにして、する事が分からない研修医。更に目の前には下半身裸で股を開き、キンタマをくくりあげられ、まともに見たら吹き出しそうな格好で固定されている男子高校生がいる。そんな奴と二人きりで静かな手術室にとり残された状態。その為、彼女はオドオドしている。

でも俺には関係ない。そっとしておいてくれと思っていた。ところが、うかつにも辺りを見回した時、研修医らしき女性と目が合ってしまっていたのだ。彼女は気を使ったのか話しかけてきた。というか、俺を見て半笑いで呟いた。

 

どっ・・どうしよぉ~。

 

暴れそうになった。身動きのできない俺は、どうする事もできない。

こういう時は『どうしよぉ~』ではなく、今から手術を受けようとする不安であろう俺に、励ましの一言でも発するのが普通ではなかろうか?俺はそう思うと心の底から湧きあがる怒りを感じたのだ。

普段は温厚で、女性には特に優しい俺であるが、女性に対して怒りを感じ、ぶん殴ってやりたいという感情に陥ったのは、この時が初めてである。俺は心の中でシャウトする。

 

『何がどうしようじゃコラッ!しばくぞボケッ!』

 

下半身麻酔をされ、不様な格好で身動きとれない俺に何ができる?何と答えたらイイ?今の俺に何ができる?怒りのパロメーターはマックスに近づきつつあった。

しかし、俺は素晴らしかった。瞬時に怒りを抑え、医者達が来るまでの少しの間、不様な格好で固定されたまま笑顔で会話し、彼女をリラックスさせてやった。あの状況にしてそうできた俺はかなり立派だった。超B型として全力で当時の俺を褒めてあげたい。

でも本当は心の奥底で、キレる方が情けないと思ったのかもしれない。両手足とも固定され、足を開いてキンタマくくられた高校生のガキがキレたところで何の事はない。惨めになるだけだ。恥ずかしさを隠す為、夢中で話していたので彼女と何を話したかは、全く覚えていない。

麻酔も効いて下半身の感覚が鈍った頃、医者達は戻ってきた。今回は特に笑い声や気になる会話もないまま、穏やかに手術は終わった。

最後に執刀医は、切り取った【オタマジャクシ】のような肉片を見せてくれた。思っていたより大きかったので焦ったが、その大きさが痔と決別を実感させてくれた。そしてズタズタに引き裂かれた精神状態の中つぶやく

さらば、イボ痔・・・

 

手術後、元の病室に運ばれたのだが、そこにはバアちゃんが待っていた。俺は例えようのない安堵感に包まれる。家では母ちゃんに代わって、俺達のメシの世話、洗濯等の家事をしてくれているバアちゃん。学校での出来事を笑顔で聞いてくれるバアちゃん。ムカつく事があれば、一緒に腹立ててくれるバアちゃん。忘れものをした時には学校まで、チャリンコで届けてくれるバアちゃん。俺が悪い事をしたら、泣きながら自分の育て方を責めるバアちゃん。

俺にとっては日常で、ありがたみなんて感じていなかった。しかしそれらは当たり前ではなく、かけがえのないモノという事を、当時の俺は理屈ではなく安堵という形で感じたのであろう。手術の不安と緊張と恥ずかしさを乗り越え、イボ野郎と決別後、バアちゃんの顔を見てだけで、ただただ安心したのだ。

 

術後は麻酔も効いていたので身動できない。そんな状態ではあるが、尿をしておかなくてはならなかった。下半身の感覚がないので、尿意も感じられない。放っておけば膀胱炎になる可能性もあると説明をうけた。

そして看護婦から尿瓶を渡される。尿瓶に小便をする事も初めての経験。俺の中では、かっこ悪い、情けないイメージの尿瓶。尿瓶からは逃げようと思ったが、もしも小便を出せなかった場合には尿道に管を入れられ、尿を強制的に出させる方法をとると言われた。恐ろしい話しである。かなり痛いらしいので、これは経験しなくて良かった。

 

この日の夕方、1人のルームメイト(新しい患者さん)が入院してきた。年齢は推定30歳前後の体格の良い男性だった。(以後Aさんとする)Aさんは極度の栄養失調で衰弱しきっていた。点滴で繋がれ、ずっと眠っている状態。

知らんオッサンと2人きりの病室は、不安要素たっぷりだった。しかし、夜は麻酔もよく効いていたし、短い期間で色々と経験したせいか疲れて熟睡した。手術後本当の痛みを知る事になるのは、次の日からとなる。